愉快な酔っ払い

夜遅く目が覚めた。新しい日付に変わって2時間ちょっと経っていた。隣の布団に夫はいない。ふすまの隙間からキッチンの明かりがもれている。では家には帰っているのだな。耳をすましてみる。何も物音がしない。向こうの部屋で寝込んでしまったに違いない。そう頭の中で判断する。仕方ない、起こしに行くか。

案の定夫は、ホットカーペットの上で寝込んでいた。ただよっている空気が酒臭い。相当飲んだようだ。いちおうパジャマに着替えてはいるが、朝履いて出た黒い靴下を履いたままだ。コートとスーツはハンガーに掛かっている。パジャマに黒靴下、きちんとハンガーに掛かったスーツ。それらがなんだか、アンバランスに見えた。

「こんなところで寝たら、風邪ひくよ」
と声をかける。そしたら、
「う〜〜〜ん、大丈夫だよ」
という返事。仕方ないので、
「でも、お布団で寝たほうがあったかくて気持ちがいいよ」
と誘ったら、
「う〜〜〜ん、そうかあ、なら行くよ」
と答える。よかった。布団に行こうという気になってくれたようだ。そうなればこっちのもの。泥酔した時は揺り動かしても目を覚まさないし、起きても全然言うことをきいてくれない。そんな時はこの温厚な私でも「どついたろか」と思う。だから、今回みたいに素直なのは扱いやすいほうなのだ。

ようやく起きあがった夫。まっすぐに立てない。よたついている。
「は〜い、お布団に行こうね」
と、もう一度声を掛けたら、

「どちらに行けばいいんでしょうか?」

と聞いてきた。家の造りをすっかり忘れたみたいだ。しょうがないなあ、と思ったけど、
「はい、こっちですよ〜」
とやさしく案内してあげた。そしたらキッチンのドアを通り過ぎたところで、

「今度はどっちへ行くんですか?」

とまた質問。吹き出しそうになった。なんとなく愉快になって、
「はい、ここを左に曲がっていただきましたら、すぐでゴザイマス」
と案内嬢気取りで言ってみた。けど酔っぱらっている夫には受けなかった。夫が布団のほうにむかったのを確認して、キッチンの電気を消しに戻る。寝室にとって返すと、夫は布団にもぐり込んでぐっすりと寝入っていた。