本当に手に入れたいもの

日曜日の夕方、夕餉の買い物客でにぎわうスーパーでの出来事だった。耳をつんざく泣き声に思わず振り返った。幼い女の子が泣いている。買ってもらおうと選んだお菓子を、父親に取り上げられたのだ。女の子はますます激しく泣き続け、とうとう周りに人だかりができるほどになってしまった。

「お菓子が本当に欲しかったんだねえ」
夫が感嘆したように言う。
「あれほどまでにお菓子に情熱を傾けられるなんて、すごいね」
私も答える。彼女にとってお菓子を買ってもらえるかどうかは、とても大事な問題なのだ。
「そういえば、うちの娘はああいうことがなかったね」
思い出すように夫は言う。そうなのだ。我が家の娘は幼い頃からこれまで、地団駄をふんで「親を困らせる」ということがないのだ。

ただ一度だけ、こんなことがあった。娘が3歳の頃、デパートでのことだ。娘はシルバニア・ファミリー(エポック社)に一目惚れしてしまったのだ。ショーケースの中を食い入るように見つめる姿からは、「このおもちゃが欲しい!」というオーラが立ちのぼっていた。ところがその日はあいにく持ち合わせがなかった。頃合いを見計らって、「今日は帰ろうね」と声をかけた、その時である。娘の目元から大粒の涙がほろほろとこぼれ落ちたのだ。その涙は、どんなに大きな声で泣きわめかれるよりも、私たちの心に響いた。どうしてもこれを手に入れたいという気持ちが、はっきり涙となって表れていた。彼女は自分の気持ちをひたむきに表明したのだ。そのおもちゃをあきらめさせることは到底できなかった。夫がクレジットカードを取りだしてレジに向かったのは言うまでもない。

「うちの娘も、自分の欲しい物、したいことをはっきりと言えるようにしなきゃなあ」
これまでタダをこねたことのない娘を心配して夫が言う。その気持ちはよくわかる。でも私はおぼろげながら、大丈夫じゃないかなあと思っている。これまでほとんど私たちを困らせることがなかった娘だけれど、きっと大事な場面では自分の気持ちを表明するだろう。大粒の涙をこぼした、あの時のように。それがいつかはわからない。ただ、その時が来たら、娘をじっと見守ってやろう。ようやく泣きやんだ女の子の後ろ姿を見送りながら、そんなことを考えていた。