ぎっくり腰1

それは、何気ない動作がきっかけだった。

たばこを吸いにベランダに出ようと、足元の洗濯物カゴをひょいとどけようとした、その瞬間。背骨から頭へ電気が走り、目から火花が飛びだしたと、夫は言う。かすかに前屈みになって、片手を腰にあて、片手で壁を伝いながらキッチンまで戻ってきた姿は、これまでに見たことがないくらい哀れであった。

夕方、整形外科へ行く。

夫は、立ち上がるのも大変、歩くのはもっと大変だ。一歩ごとに激痛が走るらしい。しかも我が家はエレベータなしの5階である。5階に住むことがこんなに無慈悲なことだとは思わなかった。

それでも、時間をかけて階段を下りる。肩を貸す妻と、妻の肩につかまって歩く夫。道行く人皆、「あらっ?」という表情から微笑みに変わる。「何も言わなくてもわかってるわ。大変だけど頑張ってね」という気持ちがひしひしと伝わってくる。

整形外科の先生は、痛む部分を探したあと、ゆっくり時間をかけてストレッチしてくれた。すると、あーら不思議、それまでより少し早く歩けるようになったのだ。さすが医者だ。湿布と飲み薬をいただいて帰る。

夕食。少し痛みが楽になった夫の表情は明るい。食も進むようだ。
「おかわり!!」
と元気よく茶碗を差し出しながら、
「ごめんね、働いてもないのに、腹ばっかり減って・・・」
と言うので、思わず吹き出した。