御前の池に、水鳥どもの その3

道長の正妻、倫子は、この紫式部日記の中では、なかなか面白い存在である。
重陽節句では、これで念入りに老いを拭い捨てなさいって菊の着せ綿を式部にプレゼントしたり、泥酔した道長に腹を立てて酒宴の席をプイと立ったり。平安時代のファーストレディがこんなに人間くさいとは。その倫子の横顔がこの節でもかいま見ることができる。

「まろがとどめし旅なれば、ことさらに急ぎまかでて、『疾くまいらん』とありしもそらごとにて、ほど降るなめり。」
「私がひきとめた里下がりなものだから、格別に急いで退出して、『すぐに帰参いたします』と言ったのも嘘であって、里にいつまでも滞在しているのでしょう。」

これは実家に戻っている式部にあてた倫子からの御消息(手紙)の内容である。なんか、すっごくイヤミな書き方じゃあないですか?これって。「私が引き留めたのにもかかわらず、さっさと里に帰っちゃったわね。すぐに戻ってくるって言ったのは嘘なのね。こっちは首を長くして待っているっていうのに、ほんっと、なかなか戻ってこないんだから(むかむかマーク)」というニュアンスが感じられる。こんな手紙もらったら、早く帰参しなくてはと思っていても、その気持ちが萎えてしまいそう。けれど、式部は大人なんだな、「そうおっしゃるのはご冗談とは思うけれど、まあ、早く戻ると約束したことだし、こうして直々にお手紙もちょうだいしたのだから」と急いで帰参するのである。

もちろん、式部が倫子の手紙の文面をそのまま書き写したと断定はできないと思うけれど、これまでの倫子のふるまいを見ていると、違和感なく感じられるのは、やはり倫子はなかなかユニークなヒトだったんだなあと思わせられるのである。