がんばれ、受験生!
センター入試の2日前のこと。
大学の事務棟を出たところで、男の子に声を掛けられた。ジーパンにダッフルコート。毛糸のマフラーを巻いて、アウトドア用のディパックを背負っている。
「あの、すみません。○学部の試験会場はここでしょうか?」
事務棟の向かいの講義棟を指さして尋ねる。前日には準備されるであろう立て看板は、まだ出ていない。自信なさそうにはしているけれど、どことなく落ち着きも感じられる。本番を控えて会場の下見にきたのだろう。
「ちょっと、ここで待ってて」
いいかげんな返事をしてはいけないと思い、事務に引き返し場所を確認する。やはり講義棟でよいとの返事。
「やっぱり、ここでいいんだって」
友だち口調で返事をしてしまう。
「そうですか。あの、入ってみてもいいですかね?」
男の子は重ねて聞く。まったくの担当外だし、予想もしなかった質問だ。でも、最初からこの子を応援したい気持ちになっているのだ。
「ルールはね、どうなってるか知らないけど、入っても全然かまわないと思うよ」
「そうですか。受験生だってばれないですかね?」
真顔で尋ねる。見た目はそのあたりでうろうろしている学部生と同じだ。いや、チャパツにしてたり横柄なふるまいの現役学部生よりよっぽども「学生」らしい好青年だ。
「うん、大学生に見えるよ。絶対にばれないよ」
と笑うと、男の子も
「大丈夫かな」
と笑った。
「じゃ、がんばってね」のひとことを飲み込んで、そのまま別れた。
◆
その日から2週間が経った。彼の試験の出来はどうだったろう? 今ごろは自己採点も終わって、最終的な志望校を決めたことだろう。次のステップに向けてさらに勉強を続けていることだろう。ふたことみこと言葉を交わしただけの、その子の保護者になったような気分である。