がんばれ、受験生!

センター入試の2日前のこと。

大学の事務棟を出たところで、男の子に声を掛けられた。ジーパンにダッフルコート。毛糸のマフラーを巻いて、アウトドア用のディパックを背負っている。

「あの、すみません。○学部の試験会場はここでしょうか?」

事務棟の向かいの講義棟を指さして尋ねる。前日には準備されるであろう立て看板は、まだ出ていない。自信なさそうにはしているけれど、どことなく落ち着きも感じられる。本番を控えて会場の下見にきたのだろう。

「ちょっと、ここで待ってて」

いいかげんな返事をしてはいけないと思い、事務に引き返し場所を確認する。やはり講義棟でよいとの返事。

「やっぱり、ここでいいんだって」

友だち口調で返事をしてしまう。

「そうですか。あの、入ってみてもいいですかね?」

男の子は重ねて聞く。まったくの担当外だし、予想もしなかった質問だ。でも、最初からこの子を応援したい気持ちになっているのだ。

「ルールはね、どうなってるか知らないけど、入っても全然かまわないと思うよ」

「そうですか。受験生だってばれないですかね?」

真顔で尋ねる。見た目はそのあたりでうろうろしている学部生と同じだ。いや、チャパツにしてたり横柄なふるまいの現役学部生よりよっぽども「学生」らしい好青年だ。

「うん、大学生に見えるよ。絶対にばれないよ」

と笑うと、男の子も

「大丈夫かな」

と笑った。

「じゃ、がんばってね」のひとことを飲み込んで、そのまま別れた。

その日から2週間が経った。彼の試験の出来はどうだったろう? 今ごろは自己採点も終わって、最終的な志望校を決めたことだろう。次のステップに向けてさらに勉強を続けていることだろう。ふたことみこと言葉を交わしただけの、その子の保護者になったような気分である。